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江戸時代はサーキュラーエコノミーが確立していた!事例を解説

Wednesday, 24 January 2024

欧州から世界に広がっている「サーキュラーエコノミー(循環経済)」の概念は、日本でも関心が寄せられています。さまざまな企業がサーキュラーエコノミーの移行を進めていますが、実は日本では江戸時代では既にサーキュラーエコノミーが確立していたといわれています。

人口が多かった江戸時代は徹底した循環型の仕組みで衣食住が成り立っていたのです。そこで今回は江戸時代に取り入れられていたサーキュラーエコノミーについて、事例をもとに解説します!

江戸時代がサーキュラーエコノミーを確立していたとされる理由

江戸時代に既にサーキュラーエコノミーが確立していた理由は、江戸の人口の多さが関係していると考えられています。

最盛期の江戸の人口は100万人を超え、世界最大級の都市となり、江戸時代の後期では日本の人口は約3,300万人で安定していたとされています。安定を図るために発展や変化を抑えてきた江戸幕府だからこそ、循環型社会を確立できたのでしょう。

世界最大級の都市であった江戸は、エネルギーや資源をはじめ、衣食住のすべてが徹底的な循環型であり、オーガニックであったといいます。

(参照:「日本文化に学ぶサステナビリティ」江戸時代の循環型社会から学ぶサーキュラーエドノミー 【イベントレポート】)

江戸時代ではどのようにサーキュラー化していたの?

では、江戸時代では具体的にどのようにサーキュラー化していたのでしょうか。ここからは実際に取り入れられていた江戸時代の衣食住におけるサーキュレーションを見ていきましょう。

衣服は仕立てから使用後に至るまで一切無駄がない着物を着用

 

江戸時代の人々は、基本的に着物で生活をしていました。着物は細長い一反の布から袖や前身ごろ、後ろ身ごろなど、半端な部分が出ないようにきっちり仕立てるため、端切れが出るといったことがありません。

また、子どもがいる家庭などでは大きめに仕立てて縫いあげておくため、背が伸びたときにも簡単に着物をお直しできるのです。サイズアウトしたからといって新たに衣服を買う必要がなく、長期に渡って着られるよう工夫されていました。

さらに着物としての役目を終えたあとも、下駄の鼻緒やおむつ、雑巾などにリメイクされ徹底的に活用します。最終的には、かまどや風呂釜の燃料として燃やされ、灰の状態で土に埋められ肥料として綿花の栽培などに使われていました。

そして綿花は再び糸になり生地が織られ、着物になります。このように、着物は徹底したサーキュレーションを実現している衣服なのです。

米は藁(わら)・ぬか・もみなど余すことなく使用

  

年貢として納めたり貴重な食料として食べられたりしている米ですが、江戸時代では米の副産物である「藁(わら)・ぬか・もみ」などを余すことなく使用していました。

例えば藁は重要な資源とされ、約20%は日用品に、約50%は堆肥などの肥料に、残りの約30%は燃料やその他に活用されます。

また、脱穀したあとのもみ殻や精米したあとのぬかも、再び米を栽培するための肥料として使われていました。現代なら捨てられてしまうことの多い米の副産物を余すことなく使用する方法は、現代人が学ぶべきところです。

(参照:江戸時代の衣食住は、徹底的なサーキュレーション)

下肥を活用

 

下肥(しもごえ)とは人の排泄物を意味します。江戸時代では、世界最大級の都市である江戸で排出された下肥は、農村に買い取られ、作物を育てるための肥料として活用されていました。

江戸は人口が多く、消費地として機能していましたが、肥料を生み出す産地としても役立っていたのです。

江戸時代では下肥は大変貴重な資源として求められており、購入するための競争入札まで起きていたといわれています。

大都市を消費地だけにとどまらず、生産地として機能させていた江戸時代は、サーキュラーエコノミーの手本ともいえるでしょう。

建築材料を再利用

 

江戸時代に建てられた木造の家は、建築材料のほぼすべてを再利用していたといわれています。寸法が規格化されていたため、最小限の手直しを加えるだけで、別の家でも簡単に資材を活用することができたのです。

例えば屋根の瓦は庭の縁取りなどの装飾に使われたり、土壁に埋め込んだりして活用されていました。

戸や障子、ふすまは張り替えなどを行い、そのまま使われていたといわれています。どんな建築材料も最低でも一度は再利用されているのが江戸時代の家屋の特徴です。

5Rの実践

 

江戸時代ではリサイクル、リデュース、リユースの3Rに加え、リペア(修理)とリターン(還す)を含めた5Rが実践されていました。基本的に植物資源で生活が成り立っているので、廃棄後には土に還り、資源が循環するのです。

また、資源が限られていたこともあり、ほうきや樽(たる)、傘などの日用品は修理屋に依頼し直してもらうのが一般的でした。

「これ以上修理できない」という限界まで使い込み、最後には自然に還すという5Rの実践は、江戸時代の常識だったのです。

(参照:「日本文化に学ぶサステナビリティ」江戸時代の循環型社会から学ぶサーキュラーエドノミー 【イベントレポート)

江戸時代のサーキュラーエコノミーから学び、実践できることを取り入れよう!

江戸時代では、衣食住のすべてが循環型で成り立っていました。その背景には、人口が多い中、限られた資源で生活しなければならなかった環境があります。

サーキュラーエコノミーが必要とされている現代で、江戸時代に戻った暮らしをするのは現実的ではありません。しかし、着られなくなった服をリメイクしたり、土に還る植物由来の商品を選んだり、生ごみを循環させるコンポストを取り入れたりするのは可能なことです。

ぜひ、江戸時代のサーキュラーエコノミーから学び、実践できることを取り入れていきましょう。

あわせて読みたい: 成人式の振袖などの着物はサステナブルだった?日本人が大切にしてきた心とは

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